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脱藩事典
坂本龍馬脱藩の道とは
龍馬を英雄へと導いた脱藩の道は、高知から梼原、伊予の大洲・長浜、そして長州の下関へと至る道のり。
村上恒夫
坂本龍馬脱藩の道は、阪本孝之氏、福井清氏、村上恒夫氏に解明され、村上恒夫氏によって「坂本龍馬脱藩の道を探る」と「歩いてみよう坂本龍馬脱藩の道」が出版された
坂本龍馬
文久2年春、28歳で脱藩し、わずか5年で薩長同盟の締結、大政奉還の大仕事を成し遂げた。
沢村惣之丞
20歳の沢村惣之丞は、龍馬に先立って脱藩し、もう一度土佐に引き返し、再び坂本龍馬を伴って脱藩した。
那須信吾・那須俊平
伊予の道を熟知する那須俊平が、龍馬と惣之丞の道案内、そして、那須信吾も途中まで同行した。
吉村虎太郎
文久2年(1862年)、吉村虎太郎は脱藩して長州へ。土佐藩脱藩第一号である。
六人の志士
吉村虎太郎、那須俊平、那須信吾、掛橋和泉、前田繁馬、中平龍之助の6人である。
坂本龍馬誕生地
高知市上町1丁目上町病院の横に坂本龍馬誕生地があります。ここが坂本龍馬脱藩の道のスタート地点です。
龍馬脱藩を見届けた和霊神社のヒノキ
「和霊神社で記念撮影をするならここだよ!」と言われたのが、150年前、坂本龍馬の脱藩を見届けた和霊神社のヒノキの前だった。
坂本龍馬が脱藩前夜に和歌を詠む
文久2年3月25日、龍馬らが那須邸で一泊した。信吾は龍馬らと倒幕の談義を重ねあい意気投合して酒杯を交わし和歌を詠みあった。
坂本龍馬脱藩の地
文久2年3月26日、坂本龍馬と沢村惣之丞は、那須俊平・信吾父子の道案内により、予土境・韮ヶ峠を越えて伊予の国に脱藩しました。
龍馬脱藩関所跡
高知県と愛媛県の県境・韮ヶ峠を越えて、少し歩くと「史跡 龍馬脱藩関所跡」がある。
坂本竜馬の通りし道
愛媛県大洲市河辺町の榎ヶ峠に、「坂本竜馬の通りし道 俳優 武田鉄矢」の石碑がある。
夜明けの道の記念碑
榎ヶ峠から少し歩くと「夜明けの道の記念碑」に出会う。場所は愛媛県大洲市河辺町の国木です。
飛翔の像
脱藩のとき、河辺を通った坂本龍馬、沢村惣之丞、那須俊平の顕彰碑「飛翔の像」がある。刀を肩にかついだ龍馬像は珍しい。
吉村虎太郎像
この銅像は村内外の有志の方により昭和43年12月22日につくられた。津野町役場西庁舎近くの高台に建っている。
維新の門群像
八志士の群像は、躍動感にあふれ、圧倒する迫力があり、はじめて観る者はびっくりさせられる。
坂本龍馬脱藩之日記念館
リアルな模型で龍馬が通った道を光ファイバーで見ることができる。また、標高と通過時間も案内されてわかりやすい。
吉村虎太郎宅跡 New
平成27年6月4日、虎太郎の生家は、かやぶき屋根で当時のつくりに復元された。
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