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脱藩事典 > 詳細-017 |
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■維新の門群像 |
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維新の門群像は、高知県梼原町の和田城跡に建っている。八志士の群像は躍動感にあふれ、圧倒する迫力があり、はじめて観る者はびっくりさせられる。この銅像は町内外の数多くの有志の熱き想いにより平成七年十一月十一日につくられた。制作者は、吉村虎太郎像(津野町)、ジョン万群像(土佐清水市)、岩崎弥太郎(安芸市)など銅像を数多く作り上げた銅像作家・濱田浩造氏である。群像の中央には家財を費やして志士たちを援助した掛橋和泉、向かって右側には坂本龍馬、澤村惣之丞、那須俊平、左側には、吉村虎太郎、那須信吾、前田繁馬、中平龍之助である。詳しくは、下記の碑文をお読みください。 |
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碑文
幕末の風雲急を告げる文久二年(1862)春、坂本龍馬は、勤王郷梼原から那須俊平、信吾父子の案内で盟友澤村惣之丞とともに、回天の偉業を夢見て脱藩した。この地からも吉村虎太郎、前田繁馬、中平龍之助が国境を越え維新動乱の渦中に身を投じた。また、これらの志士を身を賭して支える掛橋和泉があった。
それから年を経ること六年、明治維新は成り、近代国家が誕生するが、そのとき既に八人の志士は壮烈な死を遂げていた。
いま山中に残る脱藩の道を行くとき、新しい時代の到来を信じ、大きな夢を抱いて峻険を駆け抜けた男たちの決意が偲ばれる。
ここに志士の足跡が残る地を選び、八志士の群像を建て「維新の門」と名づけ、その功績と英姿を永遠に伝える。
近代日本の黎明は、この梼原の地より輝いた。その郷土を誇りとする青年たちの情熱と維新の里の発展を希求する町内外の数多くの有志の熱き想いが、この群像を建立した。
平成七年十一月十一日建立
撰文 梼原町維新の門群像建立委員会 |
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